福島地方裁判所 昭和34年(わ)55号 判決 1959年9月15日
被告人 少年甲(昭一六・七・二九生)
主文
被告人を無期懲役に処する。
押収にかかる金色腕時計バンド一個、オリエント製金側腕時計ジユピター(バンド付)一箇、精工舎製ステンレス側腕時計一箇(但し右時計に付属するバンドは除く)、(押収番号昭和三十四年押第二十三号の二、六、七)はこれを被害者朝比奈一郎の相続人に還付する。
理由
第一、本件犯行に至るまでの経過
被告人は昭和三十二年三月肩書本籍地の中学を卒業し、以来福島市内或は同市近郊において順次菓子店々員、臨時工員、トラツク運転助手等に就職したが幼時からの夜尿症を人に知られるのをおそれて、或は不良輩との交遊中に覚えた遊興癖の為に何れの職業も永続せず短期間で退職し、翌昭和三十三年三月頃知人の紹介で就職の為め上京したがここでも年来の夜尿症を人に知られるのをおそれ一夜にして帰省したこともあり、その後定職に就かず臨時雇にいつて時を送つていたが同年六月頃実兄乙の世話で福島市近郊所在有限会社○岸木毛工場に雑役夫として就職した。ところで右就職後まもなく被告人は職場の同僚○部○紀から腕時計を買わないかと話を持ちかけられたので、三千円で買受け代金は毎月千円宛割賦で支払う約束をした。而して内金千円は右工場就職後に受けとつた第一回の月給から支払い、残金二千円は未払のままに放置していたところ、翌昭和三十四年三月二十日頃午後八時頃突然右○部○紀が被告人には未知の○口○洋を伴い来つて被告人方を訪れ同人に対し前記腕時計残代金二千円の支払方を要求し、右○口も○部に口添えして被告人に対しその不誠実を非難する言辞を浴せた。ここにおいて被告人は○部に懇請して同年四月二日迄支払の猶予を与えられたので被告人は右期限迄に二千円の返済金を調達しようと意を決したものの爾来家族に深く相談することもなく而も他に金員調達に骨を折つてくれる者もいないと独断した挙句、遂に他人の財物を奪取しても所要の金員を得ようとの悪意を起し種々画策企図するところがあつたが結局何れも功を奏せず唯徒らに焦慮を重ねるに過ぎなかつた。
第二、罪となるべき事実
茲に於て被告人は、最早非常の手段に訴えても目的を達成する他なしと考えて福島市○○○字○○××番地時計店○夫堂こと○比○一○方から腕時計を強取しようと企て、同年四月一日午後九時頃知人から借用中の刃渡二十五糎の短刀(昭和三十四年押第二十三号の一)を懐中にかくし持ち手拭(同号の三)を以て覆面して同店に到り、腕時計を買う客のように装うて右○比○一○(当三十二年)及びその父同○次(当六十三年)の応待を受け、出された腕時計三個を左手に持ちこれを見ているうちやにわに懐中から前記短刀を抜いて構えたところ右○次が被告人の足にしがみついてきたので同人の左右の腕を短刀で数回突刺し且切払い、更に○次の危険を慮り組みついてきた一○に対し、短刀で胸部背部を突刺し、後頭部等を切払つて同人等の抵抗を抑圧して一○所有の腕時計三個(昭和三十四年押第二十三号の二、六、七)を強取し、その際○次に対しては一月間の加療を要する左前腕切創及び刺創兼筋断裂右上腕刺創等の傷害を与え、一○をして間もなく同所において心臓及び下大静脈損傷による失血多量のため死亡するに至らしめたものである。
第三、証拠の標目<省略>
第四、法令の適用
被告人の判示○比○○次に対する強盗致傷の所為は刑法第二百四十条前段に、○比○一○に対する強盗致死の所為は同法同条後段に各該当する。そこで刑の量定について考えるに被告人が感情及び意思の面において発達不十分な点のあるのは医師丸井琢次郎作成の鑑定書に徴し認め得られるけれども、右認定書にもある如く常人に比し大差のないものであり、且被告人が幼少時より苦しんだと認められる夜尿症についても被告人の性格に対し決定的影響を与えているものではなく、むしろ、前記鑑定書によれば被告人自身の感情は自己中心的であり、意思薄弱であり、本件犯行の動機についても判示の如く時計購入の残代金の支払を責められた結果とはいえ、それは全く被告人自身の不誠実な態度に起因するものであること、又右代金支払について何人とも相談することなく、又熟慮もせず極めて軽卒に他人の財物を奪取することによつて解決しようと企て、再三にわたり非行を繰り返した挙句遂に本件の重大な結果を惹起したものであり、右経緯についてみると被告人の側に年少故の軽卒、無思慮ということを考慮してもなお酌みとるべき情状は一つとして見出し得ない。翻つて被害者側について考察するに、被害者○比○方は、一家の支柱ともいうべき○比○一○を喪い一朝にして店舗を閉鎖するの已むなきに至り遺族は離散してその生活は根底から破壊されて仕舞つた。しかも、之については被害者側において一点の責むべき点も見出されないことは言う迄もない。他方犯行現場は固と平隠なる田園地帯であり、本件犯行の人心に与えた影響は洵に察するに余りあるものがあるといわなければならない。以上の次第で強盗致死罪については所定中死刑を選択し、同罪と強盗致死傷罪とは同法第四十五条前段の併合罪であるが、前者について死刑を選択したので同法第四十六条第一項本文に則り後者の刑を科しないことにし更に本件犯行時被告人は十八歳に満たない者であつたから少年法第五十一条前段を適用し右死刑に代えて無期懲役を科し、主文第二項掲記の押収物は被告人が本件強盗致傷、強盗致死の犯行により得た賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから刑事訴訟法第三百四十七条第一項により被害者○比○一○の相続人に還付し、訴訟費用は同法第百八十一条第一項但書を適用し被告人に負担させないこととする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 菅野保之 宮脇辰雄 山下薫)